ハレの日の祖母/いつもの割烹着
私は富良野盆地に生きる58歳
外は雨、その言葉はこだまの様に響き渡る「雨降って地固まる。」
1975年の6月頃(祖母56歳)
私の父の妹(仮称:Kおばさん)が結婚する事となった。
相手の新郎(仮称:Mおじさん)は旭川生れで一人っ子、父は国鉄職員、母は看護婦だった。
Mおじさんの父はゼロ戦乗りで、出撃する日に玉砕放送があり一命をとりとめた人だ。
Mおじさんの母は品があり、当時は看護婦長を務めていた。
Mおじさん本人は、スポーツ万能、スキー、スキージャンプ、野球、水泳が得意な人だった。
皆優しく、ほがらかな人ばかりだった。
事情は分からないが、うちの家(新婦の実家)で祝言をあげる事に成った。
仏間と座敷に整列している数えきれないぐらいのお膳、それを見るだけでワクワクした。
軒から縁側に雨だれが流れる、外は生憎の「しとしと雨」だ。
式が始まり、親戚の顔合わせが在り、その後は大祝宴となった。しかし女衆(近所の婦人会の人も手伝いに来てくれた)はてんてこまいだ、酒や料理があっと言う間に消えて行く着物に割烹着を着て台所と座敷の往復、まるで運動会の様だ。
私の祖母はその合間に親戚の男衆の相手をしてお酌をする、さすが「元芸妓」だ手際が良い。
最後の折り詰めと引き出物をお膳に運べば女衆はひと段落つく、女衆が疲れて皆でビールを飲み始めた時でも、祖母はお酌を止める事は無かった、私は祖母のふるまいをじっと見ていた。
「○○ちゃん、娘さん良い人と結ばれたね…。」
「有難う御座います…おかげ様で…。」
「でも、生憎の雨だな。」
「ホホホ…」
「雨降って地固まるって言いますから…まんざらでもありませんよ…。」
「さすが○○ちゃん良いこと言うね、やっぱり本家の嫁だわ…。」
座敷片隅で遊ぶ私に聞こえた言葉だった。
夜も更け、呑ませ上手な祖母により、近所の親戚は上機嫌でふらふらしながら帰路に付き、2階の客座敷で男衆は、いびきをかいていた。
新郎、新婦は1階の仏間で寝てもらう(仏間は建具でしきると6畳ぐらいの部屋に成る。)
祖母は、女衆の残った人達のお相手だ…(この時間に成ると私はもうベッドに運ばれていた。)
母の話を聞くと祖母は最後までつきあってたらしい。
言い忘れたが祖母は一滴も酒を飲まない…。
雨音が私を包む…心地良いメランコリック…座敷の匂い、2階の布団の匂い…そして祖母のエプロンの匂い、旧家が家族の暮らしを包んで居た事を。
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