読書と大地と


《読書とは人との出会いである。》 


ゴールデンウイーク中に読もうと思ている本が在る。

しかしまだ、1ページ目しか読んでいない。

私の悪い癖で、読んで分からない事が在るとそれを調べないと次に進めない。

それなので、まだ読んでいない本が4~5冊在る。


1.本を読め。

2.箸は正しく使え。

3.開けた戸は最後まで閉めろ。


この3つの言葉は父からの贈り物だ、これ以外、注意された事が無い。

普段、温厚で無口な父が唯一、私を戒めた言葉だ、今でもこの3つを心に刻み生きている。

本を読む習慣は父がくれた、本当にありがたい。

今でも年間10冊ぐらいは読んでいる。

フーコーの本を購入したが、そのフーコーの人物像を調べている段階で「ドストエフスキー」と言う名が出て来る、彼(フーコー)の著書にも何度も出て来る名だ。興味が湧きドストエフスキーを調べ始めた、そして、彼(ドストエフスキー)の著書をKindleで読んでいる状況だ、更にドストエフスキーの生きた時代のロシアの歴史を紐解いている。


本編を読み出すのが何時に成るか全く分からない。


ドストエフスキー私はこの人が好きだ、一言で言えば「泥臭い人」思想家で在ると同時に神や魂を重んじる、どこか日本人の死生観に通じる考えを持ってる人だ。

当時のロシアが貴族中心政治から社会主義への変革を猛反対した人の一人だ。

「100年後に私と同じ考えの者が現れるかもしれない。」そんな一縷の望みを推進力に当時の社会主義の大波に向かい書き続けた…そんな人だ。

私が好きな一節にこんなのがある「社会主義に魂を売り渡し神を冒涜して生きる姿はもはや人間では無い!…人間を数式や論理で割り切れると思うな!」


150年前の過去から「いったい何を信じて生きているんだい?」と問いかけて来る。


富良野盆地、畑の新緑が風をいなしてすくっと立っている。私は、祖母や父の言葉を胸に今日も生きている。





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