父の書棚/私の書棚

今日は小雨、絶好の読書日和だ。

数冊、本をめくる。

「今日はどれを読もうか。」


スマホの着信音が鳴る、今日のニュースの知らせだ。

「…戦争は昇降状態か…。」でも終結していない事に変わりは無い。

「喧嘩」の巨大化したものが「戦争」だと思う「憎しみ、やったらやり返す…。」

「自分はどうだろうか…?」怒りに身震いする時に果たして解決出来るのだろうか?

つまらない、小さな事にも腹が立つ事が在る…、しかし答えは、無い。

時間が経って忘れる…それしか無い、では、時間が経っても忘れられない怒りはどうするのか?


私の父が「本を読め。」と言ったのは「自分を探せ。」と言う意味ではなかったのか?

人生に教科書などない、在るとすれば本を読んで影響を受け、自分の心や考え方を少しづつ作って行く…そう思える。


父の仕事部屋にも、本がたくさん在る、この量を本当に読んだのかと思うと唖然とする。

父は中学卒業後、稼業の農業を継いだ…、この本が物語る、「父はもっと勉強がしたかったのではないか?」「中卒に負い目を感じていたのではないか?」


雨だれの音を聞きながら、コーヒーを啜りながらページを捲る。

時が私に豊かな時間をくれる。






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